『四国の聖地空間としての特性や、遍路巡拝過程の特質』

 まず、四国遍路と西国巡礼を比較してみると、いくつかの相違点が挙げられる。@札所めぐりという共通点A札所間の距離の遠近差B循環形と直線形C本尊への信仰の相違などが挙げられる。

@共通点として、決められた札所を巡り、ご朱印をいただき、巡拝して回るという、現代の巡拝観光や一つのゲーム的達成感を目的にしたものであり、年齢的にも高齢者のバスツアーから、壮年層のドライブ巡礼まで、比較的に手軽に実現できるものであることが挙げられる。

Aしかし、四国遍路は、全行程1400kmにも及ぶもので、バスツアーでも宿泊を伴う数回の旅を必要とする。西国33カ所は、1000km。ただ、札所間の距離が、一部を除き四国の札所に比べて、はるかに遠く、歩いての参拝にはとても不向きである。また、歴史的にも伊勢神宮詣や、吉野参拝の続きに成立したのか、1番青岸渡寺は、紀伊半島の南端であり、北上して阪神地区から日本海に出て、琵琶湖から岐阜谷汲の華厳寺まで続く。また興味深いのは、西国番外霊場に長野の善光寺まで含まれ、後世(江戸期)であろうが西国札所は関東地方からの方向性もうかがえる。一方、四国遍路の旅は、循環形であることから、またそれゆえ何番の札所から始めても満願できるという特色から、関西のみならず、中国地方からは、善通寺や松山石手寺から、九州地方は宇和島から。各地方からのアクセスが可能である。

B本尊への信仰の実態を比べてみると、興味深い相違がある。西国札所の各寺院は、ほとんどが有料で、ご本尊観音菩薩はとても立派で、それぞれの地域での古刹・名刹である。一方、四国の各札所のご本尊はそのほとんどが秘仏で、また特別の御開帳以外は、前仏しか見えない。遍路は、札所の本堂で本尊真言を唱えるが、内観や実際の仏像見物をしない。この違いは何かを、私見であるが考えたい。

C日本の仏教信仰は、古く大和・奈良時代から起こるが、庶民における仏教信仰は、旧来の日本の神々と釈迦(諸尊)の姿である仏像が一体化したものである。それは現代もまた美術像としての仏像である。

 日本では、いわゆる絶対神の偶像信仰は根付かず、仏の姿に神を見て、また祖霊を見出す、独自の参拝様式になって発展していったのではないだろうか。西国巡礼では、寺社見物と仏像参拝。四国遍路は、少し趣の違う、大師信仰による、大師の足跡を追随する巡礼に意味があり、本堂でのご本尊崇拝ではなく、本堂・大師堂の二か所セットでの納経にこそ、意味を見出しているのである。だからこそ、寺院におまいりしたことに価値があるというよりも、お参りした証しとしての御朱印帖や掛け軸に意味をもたせる。実際は、ご朱印には種字とご本尊名が書かれているのだが、残念ながらお遍路さんにも理解されていないし、札所でいただくお姿にも、その諸仏の名が記載されていないのである。

 以上、簡単な考察であるが、不動霊場や薬師霊場、また愛染霊場とも異なり、四国霊場だけが持つ特殊な大師信仰の、参拝でなく巡礼にこそ、その価値を見出す特殊性をもって、今後も色あせることのない遍路文化を見守っていきたいものである。


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