『現代における密教思想の有効性』

 『密教』頼富本宏に興味深い所がある。密教が現代にあって果たし得る積極的な役割を、彼は、4つの観点で見る。それは、マンダラに象徴される総合性と包容性。次に、ミクロとマクロに象徴される宇宙性・異次元性。そして、俗から聖へとつながる体験性・直接性。さらに、芸術性・感覚性を取り上げる。

 『密教』松長有慶には、密教の思考方法が、近代の思想や価値観を見直す、重要な要素となり得るとし、また密教の持つ多元的な価値観と行動力こそが、次世代につながる文化の発展の一元による危険を回避できるのではないかと予測している。

 上記の両者に共通する密教の最大の特徴は、「多元的な価値観」(松長)である。象徴的なのは、空海の「十住心論」である。人間の精神的な進化過程を十段階に分け、最後に到達すべき「秘密荘厳心」を説く。見方によれば、これは他を排除することなく、あらゆる思想にその価値を認めようとする密教の「総合性と包容性」を示している。現代社会における、価値の多様化に対する、一つの答え・方向性を示していると言える。

 また、近代思想が自我を中心として、自と他を明確に区別するところから出発し、近代技術文明が人間(自己)の存在究明にその基盤をもち、自と他、物と心、人間と自然をそれぞれ独立の存在とみなすところから発展してきた。そこには、密教の持つ「他者から完全に切り離された自己は存在しないし、物質と精神をまったく別個の存在とみなす」という思想が浸透してこなかった。しかし、現代社会におけるさまざまな災害や事件を目の当たりにして、ようやく「人間と自然界が、相互に関係し、補完しあう共存の関係」であることに気づきつつある。密教の持つ、「対立的な思考を捨てて、全体的に把握すること」の意義が見直されてきていると言えよう。

 非常に稚拙ではあるが、私は幼児番組やアニメに長く日本で取り上げられている「五レンジャー」に注目する。その5色の根拠もさることながら、生身である人間が、危機に遭遇するや、なにか象徴的アイテムをもって5人の勇者を呼び、共に戦う。さらにクライマックスでは、その5人の勇者が一体化して、大宇宙の勇者となり特別の力を持って敵を退治する。この構図こそ曼荼羅における行者―金剛薩?―大日如来の一体化を表現している。ここに、小宇宙と大宇宙の同一視・一体化の具象があり、広く日本の文化にめざした、「共存」と「他者への慈悲」の象徴的逸話であるとみられる。

 また、現代社会での「エコロジー」運動の根底に流れる「自然との共存」思想を、これからの密教が支えていくこともできよう。近代文明が、自然破壊による便利さや豊かさを求めてきた(「欲」)反省として、我欲でなく、自然や動植物とともにある共存の文化の再構築に、一役を担うことを期待したいし、その主体としての「金剛薩?」として、いかに「生きるか」を主体的に行動していきたいものである。

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