両界曼荼羅
                  曼荼羅のおしえ─祈りと悟りの造形に学ぶ─ 小林暢善
                       http://www.ermjp.com/bukyou/manda/oshie/oshie.html

密教の教義として大日如来を中心として諸尊を配置し図に示したもので、
胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅(両部曼荼羅)と言い
普門の曼茶羅とも呼ばれる。 

 佛教は発足当初、偶像崇拝宗教ではなかったがインド古来信仰の呪が佛教に入り込み観想法が広がった、佛足跡・宝輪・などから仏像・曼荼羅と変化してきた。

 胎蔵界曼荼羅の場合(正式には大悲胎蔵曼荼羅)七世紀中頃に、金剛界曼荼羅は八世紀初頭に作られたが相互の関連は無かった、これを連携させて完成の形にしたのは唐の恵果であり、これ等を空海が伝授されたもので現存する大部分の曼荼羅はこの写しとされる。

他に八百五十五年、円珍が持ち帰ったろくえ六会の作で経典に一番忠実な曼荼羅が有り、五部心観・と言い三井寺に伝わり(国宝)有名である。


(1)金胎利智不仁(こんたいりちふに)とは

五輪の塔婆図

 弘法大師によって日本に請来された曼荼羅の代表として、胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)と金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)が知られている。

 これらの二つの経典は、インドから中国への流伝ルートも伝持者も翻訳者も異なるが、弘法大師の師である唐長安青龍寺の恵果阿闍梨(けいかあじゅり)によって一対のものと見なされた。(両部の大経)

そして、胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅を一対一具のものとして弘法大師に伝えたので、後世これらを両界(部)曼荼羅と一括して呼ぶ事となる。恵果阿闍梨による両部両界の思想は中国古来の陰陽五行思想などの影響が大きく、密教教理を二元論的に解釈する上で両界曼荼羅を対照的に位置付けながら、同時にそれらは本来一つのものであるという金胎不二という理念を生むに至った。

 例えば胎蔵曼荼羅は、宇宙の物質的生成原理である五大の世界に視座をおいて説いている事から理(理とは客体、客観世界)の曼荼羅と言われる。一方金剛界曼荼羅は、精神的原理としての識大の世界に視座をおいている事から智(識は主体、主観世界、智に転ずる)の曼荼羅と呼ばれ、ここに金胎理智不二という理念が両界曼荼羅の規範となっている事が理解される。



(2)胎蔵(界)曼荼羅

 a.胎蔵曼荼羅の構造

 胎蔵曼荼羅は前述のように7C中頃、西南インド地方で成立したと言われる大日経(大毘廬遮那成仏神変加持経(だいびるしゃなじょうぶつじんぺんかじきょう)、善無畏(ぜんむい)訳)に説かれる曼荼羅で、詳しくは大悲胎蔵生曼荼羅(だいひたいぞうしょうまんだら)と呼ぶ。

 母親が胎児を慈しみ育てるように、仏が大悲の徳をもって私達衆生の心の中に本来具わる仏性(菩提心)を育て、あたかも蓮の種が芽をふき、華開き、実を結んでゆくように、悟りの世界へ導いてゆくようすを図絵化したものである。

 胎蔵界曼荼羅とは本来は言わず、胎蔵生曼荼羅(弘法大師は大悲胎蔵曼荼羅と呼んでいる)と呼ぶべきであるが、後世両界曼荼羅と総称する事から、金剛界に対して胎蔵界と呼ぶ事が通例化した。また、京都東寺に伝わる大師請来系の両界曼荼羅を原図(げんず)両界曼荼羅と呼ぶ。

 胎蔵界曼荼羅には、中央の大日如来を初めとして409尊の仏、菩薩、明王、天部の諸尊がグループ別に12院を構成している。

 その12院の構造についていくつかの分類法があるが、大日経の説く三句の法門である「菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟とす」によって分類すると、

 因 ──菩提心──中台八葉院
 根 ──大 悲──中台八葉院と最外院を除く全院
 究竟──方 便──外金剛部院(最外院)

 このように、大日如来の大悲の徳が同心円的に外に向かって泉が湧き出るように拡がり衆生済度をしてゆく構造が示されている。またこれは逆に、迷える衆生が大日如来の大悲の徳に導かれて、悟りの世界である中心へ向かって収束してゆく構造も示している。


























胎蔵界曼荼羅(全体) 浄土寺本  





台八葉院では、赤い八葉蓮華の中心に大日如来を描き、その四方に宝幢(ほうとう)如来(東)開敷華王(かいふけおう)如来(南)、阿弥陀如来(西)、天鼓雷音(てんくらいおん)如来(北)の四仏と、その四隅に普賢菩薩(東南)、文殊菩薩(西南)、観音菩薩(西北)、弥勒菩薩(東北)の四菩薩を八葉蓮弁上に配している。


大日如来は法界定印(ほうかいじょういん)を結び、五仏の宝冠を戴くきらびやかな菩薩形である。法界定印は衆生を表わす左掌(五本の指は五大を表わす)の上に、仏を表わす右掌(同じく五指は五大を表わす)を重ねる事によって、仏と衆生が一体である事を象徴する印相である。正に大悲大定の威光に包まれた姿と言える

 これに対して四仏は、赤い袈裟を着けた如来形となっている。
宝幢如来の与願(よがん)印は、衆生の願いをかなえようとする誓願を表し、
開敷華王如来の施無畏(せむい)印は、何ものも畏れる事のないよう衆生を守護する仏の威力を示している。
阿弥陀如来の定印は、心に安らぎを与える禅定の印である。
また天鼓雷音如来の触地(そくち)印は降魔(ごうま)印とも呼ばれ、釈尊があらゆる魔障に打ち克って悟りを開かれた時の成道の姿である。

 これら四仏の印相は、釈尊の成道をはじめとする代表的事績を象徴するもので、金剛界四仏も同様の印相である。

 また四仏は、私達が心の内に本来具わる仏性に目覚め、
菩提心を発して(宝幢如来)
修行をし(開敷華王如来)、
やがて菩提(悟り)に至り(阿弥陀如来)、
涅槃の境地に向かう(天鼓雷音如来)
心の発展過程(発心→修行→菩提→涅槃)を示している。

 四隅の四菩薩は、各四仏の働きを側面的に支援している。
(普賢菩薩は宝幢如来を文殊菩薩は観音菩薩を……)

八葉の赤蓮華は仏の浄らかな菩提心を表わすと共に、私達の心の内に本来具わる仏性が仏種から芽生え、やがて満開に華開き、悟りに至った心の境地を示している。

 またこの八葉蓮華の大きさは無限大であり、胎蔵曼荼羅全体を包み込んでいるとも考えられる。事実その事を示すかのように、胎蔵曼荼羅の大部分の尊が蓮華座に坐し、全体が蓮のイメージで満たされている。
(金剛界曼荼羅が白い月輪に満たされているのと対照的である)

それはあたかも、胎蔵曼荼羅全体が大日如来の胎内を意味し、生きとし生けるもの森羅万象が全て、大日如来の子宮に宿る胎児のごとく共存共生している事を如実に物語っている。

 中台八葉院の上方(東)は遍知院と呼ばれるように、中央には一切如来智印(三角智印)という火炎に包まれた三角形の象徴的造形がある。これは一切如来の燃えさかる智火を表わし、釈尊が成道された時の大勇猛心に由来している。胎蔵曼荼羅が大悲の徳を表としている反面、それを裏付けるべき大智の力をここにシンボリックに表現している。

下方(西)の持明院は、これを受ける形で大智の力を具体的に忿怒の形相をした明王として表現している。
その中央には正に智恵の仏である般若菩薩が鎮座している。

ここに仏教の説く時空を越えた無限悠久の十界の世界が、胎蔵曼荼羅として余す所なく描き尽される事となる。
 そしてそれらの諸尊が全て宇宙仏大日如来の化身であり、大日如来と平等の仏性をもついのちの輝きに満ちている。

 胎蔵曼荼羅が本有(ほんぬ)平等(本来的に一切の存在が仏と平等の仏性をもつ)を基本とする理の曼荼羅と呼ばれる所以がここによく示されている。

(3)現図金剛界曼荼羅 

.金剛界九会(くえ)曼荼羅

 金剛界曼荼羅は、7C末〜8C初頭、南インドで成立したとされる金剛頂経(こんごうちょうぎょう)(「一切如来真実摂大乗現證三昧大経王経(いっさいにょらいしんじつしょうだいじょうげんしょうさんまいだいきょうおうきょう)」施護訳)に説かれる曼荼羅である。

 金剛界曼荼羅は智の曼荼羅と言われるように、大日如来の智恵の働きと、それに基づく悟りの世界を図像化したものである。金剛界曼荼羅は9つの方形の小曼荼羅から成り立っているので、九会曼荼羅とも言われる。(一会からなる金剛界八十一尊曼荼羅もある)

 全体に大小の白い円形が幾何学文様のように配置されている。これは智恵を象徴する満月輪であり、全尊がそれら月輪内の蓮華座に坐す。
 

金剛界曼荼羅(全体) 浄土寺本     1.大日如来 2.阿如来 3.宝生如来 4.阿弥陀如来 5.不空成就如来



                          


 
金剛界曼荼羅の基本となる成身会は、
金剛界五仏、
十六大菩薩、
四波羅蜜(しはらみつ)菩薩、
内外の四供養菩薩、
四摂(ししょう)菩薩の以上37尊より構成され、

これを四大神(しだいじん)と賢劫(げんごう)千仏と二十天が囲む。

金剛界三十七尊
金剛界曼荼羅の首腦なり。第一根本成身會に一千六十一尊ある中に、五佛と、中央大日に屬する四波羅蜜菩薩と、他の四佛に屬する各々の四親近即ち十六大菩薩と、内の四供養、外の四供養の八供と、及び四攝菩薩となり。此の中十六大菩薩は慧徳にして四波八供四攝は定徳なり。即ち此の數自ら三十七菩提分法の數に應ず。因みに密ヘに於いて諸尊の廢立の數法門に依って重々あり、一尊八尊九尊十尊五十三尊七十三、乃至十佛刹微塵數尊。

四波羅蜜菩薩 
金剛界大日如來の四親近の女菩薩なり。是れ皆大日如來より流出して四方四佛の能生の母となるなり。一に金剛波羅蜜菩薩、K色にして左手の蓮華の上に凾あり、右手に阿シュク如來の印を結ぶ。金剛とは金剛堅固菩提心なり。此の菩薩を東方阿シュク如來の能生養育の母となす。二に寳波羅蜜菩薩、白黄色にして左手の蓮華の上に寳珠あり、右手に四角の金輪を持す、寳とは萬善所成の功徳なり。此の菩薩を南方寳生如來の能生養育の母となす。三に法波羅蜜菩薩、赤肉色にして無量壽の印を結び、蓮華の上に凾あり。法とは智慧門説法の徳なり。此の菩薩を西方無量壽佛の能生養育の母となす。四に業波羅蜜菩薩、色にして左手蓮華上に凾あり、右手に羯磨杵を取る、業とは衆生の利益の事業なり、此の菩薩を北方釋迦如來の能生養育の母とす。【兩部曼荼羅鈔上】

金剛界五仏とは
中央の大日如来、
東方の阿しゅく(あしゅく)如来、
南方の宝生(ほうしょう)如来、
西方の阿弥陀(あみだ)如来、
北方の不空成就(ふくうじょうじゅ)如来の五仏である。

経軌に説かれる五仏の図像的特徴は、

 四仏は大日如来(自性法身)の化身(受用法身)として、その功徳、働きを四分して顕れた仏である。
 五仏には様々な理念が象徴されているが、特に金剛界曼荼羅を智の曼荼羅と呼ぶ理由となった五智がそれぞれ五仏に象徴される。

 インド仏教における心理学とも言える唯識(ゆいしき)説では、私達の精神作用を
前5識(眼識、耳識鼻識、舌識、身識)、
第6識(意識)、第7識(末那(まな)識)、
第8識(阿羅耶(あらや)識)に分け、
次第に表層から深層へと深下してゆく心の重層的構造を説いた。
密教ではさらに第9識(阿摩羅(あまら)識)を加える。  
 これらの9識は、金剛頂経の説く瞑想法(五相成身観(ごそうじょうじんかん))によって各々五智に転じる。
(転識得智(てんじきとくち))

 前5識は、五感(眼、耳、鼻、舌、身)による感覚作用であるが、これが成所作智(じょうそさち)(不空成就如来の智恵)に、
第6識はその感覚的情報に基づいて行動や判断する意識であるがこれが妙観察智(みょうかんざっち)(阿弥陀如来の智恵)に、
第7識は第6識の意識下にある無意識で、自我を形成するが、これが平等性智(びょうどうしょうち)(宝生如来の智恵)に転じる。
第8識は全く意識されない潜在意識で、生死輪廻する業(活動)の主体であるが、これが大円鏡智(だいえんきょうち)(阿如来の智恵)に、
さらにその奧に本来的に清浄無垢な自性清浄心と呼ばれる第9識が潜み、これが法界体性智(ほうかいたいしょうち)(大日如来の智恵)に転じる。

 成所作智は、眼耳鼻舌身の五感を正しく統御し、それらによって得られる情報をもとに、現実生活を悟りに向かうべく成就させてゆく智恵である。(不空成就如来)

 妙観察智は、万物がもつ各々の個性、特徴を見極め、その個性を活かす知恵である。(阿弥陀如来)

 平等性智は、森羅万象を平等に観る智恵で、万物が大日如来の化身であり、平等の仏性をもつ事を覚る智恵である。(宝生如来)

 大円鏡智は、鏡が一切の事象をありのままに分け隔てなく映し出すように、一切をあるがままに受け入れ、分別をしない智恵である。(阿如来)

 法界体性智は、永遠普遍、自性清浄なる大日如来の絶対智であり、他の四智を統合する智恵である。(大日如来)

 これら五智が五仏によって象徴され、金剛界曼荼羅の核を形成している。

 五仏以外の諸尊は、各四仏の働きを展開する中で十六大菩薩が、大日如来と各四仏との相互供養という関係の中で、四波羅蜜菩薩、内外の四供養菩薩と四摂菩薩が出生する。

 まず各四仏は、自らを出生してもらったという感謝を込めて、大日如来の四方に四波羅蜜菩薩(金剛波羅蜜、金剛宝波羅蜜、金剛法波羅蜜、金剛羯磨波羅蜜)を供養する。

これに対して大日如来は各四仏に対して内の四供養女(金剛嬉菩薩、金剛鬘菩薩、金剛歌菩薩、金剛舞菩薩)を供養する。

次に各四仏が外の四供養女(金剛香菩薩、金剛華菩薩金剛燈菩薩、金剛塗菩薩)を大日如来へ再び供養する。

またさらに大日如来は、各四仏に四摂菩薩(金剛鉤菩薩、金剛索菩薩、金剛鎖菩薩、金剛鈴菩薩)を供養する。

 このように金剛界曼荼羅は智の曼荼羅と言われながら、相互供養という過程で慈悲の活動を展開している。

 金剛界曼荼羅の尊名には全て金剛という二字が頭についている。これは灌頂名と言い金剛界の灌頂を授かった証しである。聞き慣れない尊名であるが、金剛法菩薩は観自在菩薩、金剛利菩薩は文殊菩薩と言ったように、よく知られた菩薩も多い。

 五仏を中心とする五解脱輪をさらに包み込む大円輪を抱きかかえるように、地神、水神火神、風神の四大神が描かれている。四大(地水火風)を司る四大神が抱きかかえているのは正に空大であり、その空大の大月輪の中に、識大即ち智の世界が説かれている事になる。

 賢劫千仏は過去、現在、未来の各千仏の代表として賢劫(現在)千仏を描いている。金剛界37尊は、こうした無数の仏たちを代表する諸尊である。

 二十天は、三界に住む上界天から地下天に至る諸天であり、仏界を魔障から守護し曼荼羅という聖空間を包み込んでいる。

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