阿修羅よ・・・・・・


                            ひろ さちや 『わたしの中の阿修羅』佼成出版社より

 阿修羅よ・・・・・・

   あなたはなぜ怒るのか

   怒りは空しきものと知りつつ

   なぜに あなたは

  
     太初(はじめ)ーーー

   阿修羅は神なり

   遥けき蒼空(あおぞら)にありて

   地に蠢(うごめ)くものを監視(みつ)める

   正義の神なりき
 
   阿修羅は

 阿修羅よ・・・・・・

   神に怒りはふさわしからず

   怒りによりて神の座を追われ

   あなたはいま魔類となれり

   大海(おおうみ)の底にありて


     そのかみーーー  

   阿修羅に女(むすめ)あり スジャーと名づく

   諸神(かみがみ)の嘉(よみ)せる 清純の乙女なり

   父なる阿修羅は

   彼女(これ)をインドラの妻(め)にせんと欲す

   インドラは神々の王なれば


 阿修羅よ・・・・・・

   無念の唇をあなたは噛む

   滲(にじ)みでる血はくろい


     かつてーーー

   インドラはスジャーを犯せり

   あらき男のちからもて

   処女(おとめ)を奪いて連れ行けり


 阿修羅よ・・・・・・

   弓矢をあなたは手にとるが

   インドラは武勇の神なれば

   所詮はあなたに勝ち得ぬ戦(いくさ)

     それでも・・・・・・

   なおあなたは闘いつづける


     エーヴァム・マヤー・シュルタム

     如是我聞(にょぜがもん)

     かくのごとくに我れ聞けり


 阿修羅よ・・・・・・

   怒ることなかれ

   怒りは盲目(めしい)なれば

   怒りはこころ狭きものゆえに


     いまーーー

   耳を澄ませば聞こえるはずだ

   スジャーとインドラの

   あのよろこびのうたの声が


 阿修羅よ・・・・・・

   怒るなかれ

   怒りは空しきものなれば






  『あの像に、わたしは涙の表情を読みとる。悲しみに耐え、ぐっとこらえたときの表情が、

   怒りと怨みとない交ぜになって、あの天平の仏像のうちに刻されている。』


  『あの阿修羅は、人間の苦しみ、悲しみに同情し、ともに哭(な)きつつ、弱者の側に立って

   闘う存在であるのかもしれない。・・・・・・わたしは、そう信じたくなった。そんな阿修羅が

   あってよいと思いはじめた。』