文鏡秘府論序

          金剛峯寺禪念沙門遍照金剛撰

文鏡秘府論序

    金剛峯寺禪念沙門遍照金剛撰


夫大仙利物、名教爲基、君子濟時、
文章是本也。


故能空中塵中、開本有之字、龜上龍上、
演自然之文。


至如観時變於三曜、察化成於九州、
金玉笙、其文而撫黔首、郁乎煥乎、
燦其章以馭蒼生。

然則一爲名始、文則教源。


以名教爲宗、則文章爲紀綱之要也。


世間出世、誰能遺此乎。


故経説阿跋致菩薩、必須先解文章。


孔宜有言、「小子何莫學夫詩。
詩可以興、可以観。之事父、
遠之事君」、「人而不爲周南南、
其猶正面而立也」。


是知文章之義、大哉遠哉。


文以五音不奪、五彩得所立名、
章因事理倶明、文義不昧樹號。


因文詮名、唱名得義。
名義已顯、以覺未悟。


三教於是分、五閲於是分轍。

於焉釋經妙而難入、李篇玄而寡和、
桑籍近而争唱。

游夏得聞之日、屈宋作賦之時、
兩漢辞宗、三國文伯、體韻心傳、
音律口授。

沈侯劉善之後、王皎崔元之前、
盛談四聲、争吐病犯、黄卷溢篋、
満車。

貧而樂道者、望絶訪、童而好學者、
取決無由。

貧道幼就表舅、頗學藻麗、長入西秦、
粗聴餘論。


雖然、志篤禪黙、不屑此事。

爰有一多後生、閑寂於文園、
撞詞華乎詩。


音響難兔、披卷函丈、即閲諸家格式等、
勘彼同異、巻軸雖多、要樞則少、
名異義同、繁穢尤甚。


余癖難療、即事刀筆、削其重複、
存其單號。


総有一十五種類、謂聲譜、調聲、
八種韻、四聲論、十七勢、十四例、
六義、十體、八階、六志、二十九種對、
文三十種病累、十種疾、論文意、
論對属等、是也。


配巻軸於六合、懸不朽於兩曜、
名曰『秘府論』。


庶素好事之人、山野文會之士、
不尋千里、蛇珠自得、不煩旁捜、
龍可期。
夫れ大仙の物を利するや、
名教もて基と為し、君子の時を濟ふや、
文章是れ本なり。


故に能く空中塵中に、本有の字を開き、
亀上龍上に、自然の文を演ぶ。


時変を三曜に観、化成を九州に察するが如きに至りては、
金玉笙、其の文をかせて黔首を撫し、郁乎煥乎として、
其の章を燦らかにして以て蒼生を馭す。

然らば則ち一は名の始めと為し、
文は則ち教の源なり。

名教を以て宗と為せば、
則ち文章は紀綱の要為るなり。

世間出世、誰か能く此を遺れんや。

故に経に説く、阿跋致菩薩は、
必ず須く先づ文章を解すべしと。

孔宣言へる有り、
「小子何ぞ夫の詩を学ぶ莫きや。
詩は以て興す可く、以て観る可し。
之をくしては父に事へ
之を遠くしては君に事ふ」、

「人にして周南南を為ばざれば、
其れ猶ほ正しくに面ひて立つがごときなり」と。


是に知る文章の義は、大いなるかな遠いかな。

文は五音奪はず、五彩所を得るを以て名を立て、
章は事理倶に明らかにして、文義昧からざるに因りて号を樹つ。

文に因りて名を詮し、名を唱へて義を得。

名義已に顕らかにして、もって未だ悟らざるものを覺す。

三教是に於てを分かち、
五乗是に於て轍を並ぶ。

焉に於て釈経は妙にして入り難く、
李篇は玄にして和するもの寡く、
桑籍は近くして唱を争ふ。

游・夏聞くを得るの日、屈・宋賦を作るの時、両漢の辞宗、
三国の文伯、体韻、心に伝へ、音律口に授く。

沈侯・劉善の後、王・咬・崔・元の前、盛んに四声を談りて、
争ひて病犯を吐き、黄巻篋に溢れ、車に満つ。

貧にして道を楽しむ者は、望みを訪に絶ち、
童にして学を好む者は、決を取るに由無し。

貧道は幼にして表舅に就きて、
頗る藻麗を学び、
長じて西秦に入りて、
粗ぼ余論を聴く。

然りと雛も、志は禅黙に篤くして、
此の事を屑くせず。

爰に一多の後生有りて、
閑寂を文園にき、
詞華を詩に撞く。

音響黙し難く、巻を函丈に披き、
即ち諸家の格式等を閲して、
彼の同異を勘ふるに、
巻軸多しと雖も、要枢は則ち少く、
名異なるも義同じく、繁穢尤も甚だし。

余が癖療やし難く、即ち刀筆を事とし、其の重複を削って、
其の単号を存す。
総べて一十五種類有り、謂へらく声譜、調声、八種韻、
四声論、十七勢、
十四例、六義、十体、八階、六志、
二十九種対、文三十種病累、十種疾、
論文意、論対属等、是なり。

巻軸を六合に配し、不朽を両曜に懸け、
名づけて『文鏡秘府論』と曰ふ。

庶はくは素好事の人、
山野文会の士の、千里を尋ねずして、
蛇珠自づから得、旁捜を煩はさずして
龍期す可きことを。