曼荼羅      「(C)2004 RayLand」
                   (胎蔵界曼荼羅 中台八葉院)

密教の複雑な教義を図式化したもので、密教界における全ての仏様の地位を整然と図形に表したものでもあります。その他、仏画や物語を図式化したものなどを総称して<曼荼羅>と呼んだりもしている様です。

 (1)『曼荼羅』の意味

 曼荼羅とはサンスクリット語のmandalaの音写である。通常、本質とか精髄を意味するmandaと、〜を具有するという意味をもつ接尾辞laという語の合成語とされ、本質、精髄をもつもの、「仏法の本質を象徴する物」つまり仏の悟りそのものを意味する言葉とされている。

 また単に、円、輪、集合体と言う意味もあり、漢訳としては壇(仏を招き供養するための聖なる場所)とか輪円具足(りんえんぐそく)と訳されている。後者は、あらゆるものを包摂し、しかも円輪のごとく秩序を保ちつつ個性の発揮される、調和と共生の世界を説く曼荼羅の精神をよく伝えている。

 曼荼羅の原形は、古代インドにおけるバラモン教やヒンドゥー教の儀礼に見られます。それは土壇であり、壇上には白い粉で様々な幾何学文様や神像が描かれ、天上の神々を招き、供養して祈願する聖なる空間であった。チベット仏教では現在でも、五色の砂で曼荼羅を壇上に描いて様々な修法や儀礼が行われ、インド仏教の原形を今に伝えている。壇とは古代インドに於いて築かれた土の祭壇が嚆矢とされる、その後修行者が観想しながら砂で描いたのが始まりで、チベットでは現在に於いても砂曼茶羅として行われている。これらの土壇は、儀式が終了すれば壊されて川に流されます。

 これが仏教に取り入れられ、壇上には仏、菩薩が描かれ、諸仏を勧請供養し、護摩(ごま)や灌頂(かんじょう)などの儀式が行われるようになりました。

 (2)曼荼羅の歴史

 前述のように曼荼羅は、古代インドにおいてバラモン教が行っていたように、土壇を築き、神々を招いて供養するという現世利益的な儀式に用いられていたが、やがて大乗仏教の観仏法(かんぶつほう)を取り入れ、成仏(仏と一体となる瞑想法)をめざす成就法に用いられるようになった。

 観仏三昧(かんぶつざんまい)経(5〜6世紀)には仏の観想が説かれ、既に4世紀頃の金光明経(こんこうみょうきょう)には四方に四仏を配する仏国土が説かれている。ここに曼荼羅の中尊と四方の四仏という核が形成される事になる。

 6世紀には中尊に釈迦如来が登場し、7世紀中頃には、真理そのものを仏格化した法身仏である大日如来(だいにちにょらい)が中尊となる。胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)を説く大日経の成立である。

 大日経には従来の仏、菩薩は無論の事、ヒンドゥー教の神々も仏法を守護する天部の尊として説かれ、大日如来を中心とする仏、菩薩、明王、天の諸尊の大集合となった。

 大日経に少し遅れて成立したとされる金剛頂経も、大日如来を中心とする曼荼羅を説くがそれら仏尊の尊名、尊形は全く趣を異にしている。

 (3)曼荼羅の種類

 (イ) 自性(じしょう)の曼荼羅…現像世界そのものを曼荼羅世界と観る曼荼羅
               
 (ロ) 観想(かんそう)の曼荼羅…瞑想によって観想される曼荼羅
              
 (ハ) 大曼荼羅 諸尊の姿形を色彩で描いたもの
         図絵(ずえ)の曼荼羅…仏、菩薩の尊形など実際に図絵として
         描かれた曼荼羅
              

 (4)曼荼羅の構造

 曼荼羅の全体的構造は、四方に東西南北の門をもつ城郭(方形)や仏塔(円形)をモチーフとした構造で、四方の門には門衛にあたる仏尊を置き、曼荼羅の最外周には金剛杵輪(こんごうしょりん)や火炎輪などを描き、仏法の障礙となるものの侵入を拒んでいる。その他、浄菩提心(じょうぼだいしん)や慈悲心を象徴する蓮華、智恵を象徴する月輪などが主なモチーフとなって曼荼羅を構成している。

 図絵に描かれた曼荼羅は、掛軸や壁画となっているために平面的で、仏は曼荼羅を観る側に向くように描かれている。しかし曼荼羅は本来立体的、空間的に構成されているもので、仏は全て中心となる中尊に向き、曼荼羅の上下は東西(西東)、左右は北南(南北)を示している。
 

曼荼羅とは宇宙を構成する地・水・風・空・に識(無・真如)を加えた要素を仏像、や三昧耶(法具)・梵字(種子)等で表現したものであり、最高の悟りの真理を表現したものであると言われる、また真髄の所有・集合と本質・壇とも訳されている。


 (5)代表的な曼荼羅

(1)浄土曼荼羅・阿弥陀如来らの浄土世界を描いたもので観無量寿教の十三画などが
  描かれている(当麻寺・中宮寺等)もので、別尊曼茶羅・一門の曼茶羅などとも呼ばれる。

(2)大日経を基に製作された胎蔵界曼荼羅 

(3)金剛頂経(18経典)からの金剛界曼茶羅 

(4)東寺講堂に配置される二十一体の羯磨曼荼羅(かつま・立体曼荼羅とも呼ぶ)などがある。

(5)この他に梵字で画いた種子曼茶羅

                         以上は金剛界の一部を除き大曼荼羅に区分される。

(6) 三昧耶(さまや)曼荼羅…尊形ではなく、蓮華や法輪など仏を象徴するもの(三昧耶形)によって
                     表現された曼荼羅。
(7) 法(ほう)曼荼羅…仏を象徴する文字である梵字によって表現された曼荼羅。
           種子曼荼羅 諸尊の功徳を表す梵字で描いたもの

(8)安鎮曼荼羅…文殊菩薩・不動明王を中心としてかかれたもの などがある。

その他 異形の曼茶羅として神佛習合による本地垂迹曼茶羅
     星を神像と考えた北斗曼茶羅などが存在する。

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 (5)両界曼荼羅

密教の教義として大日如来を中心として諸尊を配置し図に示したもので、胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅(両部曼荼羅)と言い普門の曼茶羅とも呼ばれる。 

 佛教は発足当初、偶像崇拝宗教ではなかったがインド古来信仰の呪が佛教に入り込み観想法が広がった、佛足跡・宝輪・などから仏像・曼荼羅と変化してきた。

 胎蔵界曼荼羅の場合(正式には大悲胎蔵曼荼羅)七世紀中頃に、金剛界曼荼羅は八世紀初頭に作られたが相互の関連は無かった、これを連携させて完成の形にしたのは唐の恵果であり、これ等を空海が伝授されたもので現存する大部分の曼荼羅はこの写しとされる。

他に八百五十五年、円珍が持ち帰ったろくえ六会の作で経典に一番忠実な曼荼羅が有り、五部心観・と言い三井寺に伝わり(国宝)有名である。

曼荼羅のおしえ─祈りと悟りの造形に学ぶ─ 小林暢善
   http://www.ermjp.com/bukyou/manda/oshie/oshie.html

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