三教指帰 (1)序文
この本を定本にしました。(不明な漢字などは、○とした。)書き下しは、本文の返り点に従いましたが、送り仮名等不明なものもありました。よみかたに、自信はありません。(あしからず)
『三教指帰』は弘法大師空海が延暦16年(797)12月に作ったように書いてあり、空海24歳の時の作品である。けれどもほとんど同じ内容の『聾瞽指
帰』も同年月の作となっている。その両者を比べてみると、その相違は序文と巻末の十韻の詩はちがうが、その他の大部分ではほんの少し字句をかえている。そ
して細かく比較したところ、『聾瞽指帰』が原作で、『三教指帰』はそれを書き改めたように見える。前者における誤字を後者で訂正している箇所があるから、
『三教指帰』は後に修正されたものと考えてよい。http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-writing/post-105.html
序文
巻上 亀毛先生論
巻中 虚亡隠士論
巻下 仮名乞児論
無常の賦
受報の詞
生死海の賦
大菩提の果
十韻の詩 内容として、8つの段落に分けて、ぼちぼちUPします。
序 文 本文・書き下し文 | 訳文 |
文之起、必有由。天朗則、垂象人感則、含筆。 ぶんのおこり、かならずゆえあり。 てんろうなるときは、すなはちしょうをたれ、ひとかんするときは、ふでをふくむ。 |
文章が書かれるには理由があります。天が朗らかに晴れ渡っているときは、吉凶をあらわす象を垂れ、人が何かに感じるときには筆を取るものです。 |
是故、鱗卦聘篇周詩楚賦、動乎中書、干紙。 これのゆえに、りんけ、へいへん?、しゅうし、そふ ちゅうにどうじて、かみにしるす。 |
このために心の動きを紙に記して、鱗卦、聘篇、周詩、楚賦などの優れた古典が出来上がったのです。 |
強云凡聖殊貫古今異時、人之写憤、。何不言志。 ぼんせいかんをことに、こきんときとことなりというといえども、ひとのいきどおりをうつす。なんぞ、こころざしをいわざらん。 |
凡人と聖賢、昔と今で、人も時も異なるとはいえ、人の憤りを写すのは同じこと、わたくしもここに志を述べましょう。 |
余年志学就外氏阿二千石。文学舅伏膺鑽仰。 よねん、しがくにしてがいしあにせんごく、ぶんがくのしゅうとにつきて、ふがんしさんぎょうす。 |
わたくしは十五歳で母方の叔父で親王の侍講を勤める大夫阿刀大足に就いて、学問に喜び励みました。 |
二九、遊聴槐市。拉雪蛍、於猶怠、 にくにして、きいちにゆうちょうす。けいせつをなおおこたるにくだき、 |
そして十八歳で大学に遊学し、雪明りや蛍火の下で書物 を開いた古人を思って自分を励まし、 |
怒縄、錐之不勤 じょうすいのつとめざるにいかる。 |
眠気を払いのけるために梁に懸けた縄に首を掛け、また腿を錐で刺したという故事に己れを奮い立たせて、勉学に打ち込ん だものでした。 |
爰有、一沙門。呈余、虚空蔵聞持法 ここにひとりのさもんあり。よにこくぞうぐもんじのほうをていす。 |
そんなとき、一人の沙門から、虚空蔵菩薩求聞持の法を授かりました。 |
其経説、若人依法、誦此真言一百萬遍、 そのきょうせつに、もしひととほうによりてこのしんごんいっぴゃくまんべんをしょうすれば、 |
そのお経には「もしこの法によって虚空蔵菩薩の真言百万遍を誦すれば、 |
即得、一切教法、文義暗記。 すなはちいっさいのきょうほうのぶんぎあんきすることをうと。 |
たちまち一切の教法の文義を暗記することができる」と説かれていました。 |
於焉信、大聖之誠言、望飛燄於鑽燧 ここにだいしょうのせいげんをひえんをさんずいにのぞむ。 |
わたくしは仏陀のお言葉を信じて、木を擦って火を熾すように、たゆまず精進努力しました。 |
躋擧、阿国大瀧嶽。勤念、土州室戸崎、 よちあこくたいりゅうのたけにのぼり、としゅうむろとのさきにごんねんす。 |
阿波国大瀧嶽に攀じ登り、土佐室戸岬で念慮に勤めますと、 |
谷不惜響、明星来影 たに、ひびきをおしまず、みょうじょうらいえいす。 |
谷は響きを惜しまず、虚空蔵菩薩の化身である明星が来影しました。 |
遂乃、朝市栄華、念念厭之、巌薮、煙霞日夕、飢之。 ついにすなわちあさいちのえいがねんねんにこれをいとい、えんかじつゆうにこれをこう。 |
そして朝廷の官位や市場の富などの栄耀栄華を求める生き方は嫌でたまらなくなり、朝な夕な霞たなびく山の暮らしを望むようになりました。 |
看軽肥流水、則電幻之歎、勿起、 けいひりゅうすいをみては、すなはちでんげんのなげきにわかにおこり、 |
軽やかな服装で肥 えた馬や豪華な車に乗り都の大路を行き交う人々を見ては、そのような富貴も一瞬で消え去ってしまう稲妻のように儚い幻に過ぎないことを嘆き、 |
見支離懸鶉、則因果之哀、不休。 しりけんうをみては、すなはちいんがのあわれみをきゅうせず。 |
みすぼらしい 衣に不自由な身体をつつんだ人々を見ては、前世の報いを逃れられぬ因果の哀しさが止むことはありません。 |
触目勤、我誰能係風。 めにふれてわれをつとむ、たれかよくかぜをつながん。 |
日々のこのような光景を見ては、誰が風をつなぎとめ ることが出来ましょうか! |
爰有一多親識。縛我以五常索。 ここにいったのしんしきあり。われをゆわうに、ごじょうのさくをもってし、 |
しかし、わたくしに学問を教えてくださった叔父や、大学の先生方は、儒教が説く人として守るべき道をもってわたくしを縛り、。 |
断我以乖忠孝。 われをことわるに、ちゅうこうにそむくというをもってす。 |
出家の道が忠孝に乖くものとして、わたくしの願いを聞き入れてくれません。 |
余思、物情不一、飛沈異性。 よおもはく、ものこころいっちをせず、ひちんしょうことなり。 |
わたくしはこのように考えました。 「生き物の心は一つではない。鳥は空を飛び魚は水に潜るように、その性はみな異なっている。 |
是故聖者駆人教網三種。 このゆえにせいじゃひとをかるに、きょうもうさんしゅなり。 |
それゆえに、聖人は、人を導くのに、いわゆる仏教、道教、儒教 の三種類の教えを用意されたのだ。 |
所謂、釈李孔也。強浅深有隔並、皆聖説。 いわゆるしゃくりこうなり。せんしんならびにへだてありといえども、みなせいせつなり。 |
それぞれの教えに浅深の違いはあるにしても、みな聖人の教えなのだ。 |
若入一羅、何乖忠孝。 もしひとつのらにいんなば、なんぞちゅうこうにそむかん。 |
そのうちの一つに入るのであれば、どうして忠孝 に乖くことになるだろうか」 |
復有一表甥。 またひとりのひょうせいあり。 |
また、わたくしには一人の甥がありますが、 |
性則很戻鷹犬、酒色昼夜為楽。 しょうすなわちこんれいのようけん、しゅしょくちゅうやにたのしみとなし、 |
この男は身持ちが悪く、人の言葉に耳を貸さずに、狩をして生き物を殺めたり、酒や女色や |
博戯遊侠以為常事。 はくぎゆうきょうもってつねのわざとなす。 |
賭博に遊び耽ることをもっぱらの楽しみとしています。 |
顧其習性、陶染所致也。 そのしゅうせいをかえりみるに、とうぜんのいたすところなり。 |
それは、彼が良き薫陶を受けずに育ったからでありましょう。 |
彼此両事、毎日起予所以、請亀毛以為儒客、 かれこれりょうじ、ひごとによをおこすゆえんに、きもうをこうて、もってじゅかくとなし、 |
このようなことが重なって、わたくしは日ごとに悩みをつのらせてまいりました。そのため、亀毛を儒者の賓客に仕立て、 |
要兎角而作主人、邀虗兦士張入道○、 きかくをようしてしゅじんとなし、こもうしをさえきって どうにいる・・をはり、 |
兎角を主人とし、虚亡を迎えて道教 を述べてもらい、 |
屈仮名児、示出世趣。倶陳楯戟並箴蛭公。 かなじをかがめ、しゅっせのおもむきをしめす。 つぶさにじゅんげきをつらねて、ならびにしつこうをいましむ。 |
仮名乞児を煩わせて仏教の教えを示してもらいましょう。いずれも鋭い論鋒を連ねて、放蕩者の蛭牙公子を戒めるのです。 |
勒成三巻、名曰三教指帰。 ろうしめてさんがんとなして、なづけてさんごうしいきという。ただふんまんのいっきをしゃせり。 |
この物語を三巻にま とめて「三教指帰」と名づけます。 |
唯写憤懣之逸気。誰望他家之披覧。 ただふんまんのいっきをうつせり。 たれかたけのひらんをのぞまん。 |
ただ憤懣に駆られてはやる心のままに書き記すもの、どなたかに読んでいただくようなものではありません。 |
于時、延暦十六年朧月之一日也 ときに、えんりゃくじゅうろくねん、おぼろづきのいちじつなり。 |
時に延暦十六年臘月(一二月)の一日に。 |