種田 山頭火


  自嘲
        うしろすがたのしぐれてゆくか


       どうしようもないわたしが歩いてゐる

       捨てきれない荷物のおもさまへうしろ









分け入つても分け入つても青い山



まつすぐな道でさみしい

わかれきてつくつくぼうし

すべつてころんで山がひつそり

それでよろしい落葉を掃く

雨だれの音も年とつた

今日の道のたんぽぽ咲いた

雪ふる一人一人ゆく

何とかしたい草の葉のそよげども

やつぱり一人がよろしい雑草

けふもいちにち風をあるいてきた


     うつむいて石ころばかり

     いつも一人で赤とんぼ

     朝露しつとり行きたい方へ行く

      ともかくも生かされてはゐる雑草の中











ひとりきいてゐてきつつき

ここにふたたび花いばら散つてゐる

いそいでもどるかなかなかなかな

山のいちにち蟻もあるいてゐる

草しげるそこは死人を焼くところ

家を持たない秋がふかうなるばかり

曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし

待つでも待たぬでもない雑草の月あかり

しようしようとふる水をくむ

人を見送りひとりでかへるぬかるみ

ぽきりと折れて竹が竹のなか

ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜

遠山の雪も別れてしまつた人も

誰か来さうな雪がちらほら

いつもつながれてほえるほかない犬です

生えて伸びて咲いてゐる幸福
 千人風呂
ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯

ひとりひつそり竹の子竹になる

いつでも死ねる草が咲いたり実つたり

ここにわたしがつくつくぼうしがいちにち

ここを死に場所とし草のしげりにしげり

秋風の、腹立ててゐるかまきりで

重荷を負うてめくらである

わかれてきた道がまつすぐ

すわれば風がある秋の雑草

あるけば草の実すわれば草の実

春が来た水音の行けるところまで

さて、どちらへ行かう風がふく

この道しかない春の雪ふる

樹が倒れてゐる腰をかける

乞ひあるく水音のどこまでも

山しづかなれば笠をぬぐ

あすはかへらうさくらちるちつてくる

なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく

あなたを待つてゐる火のよう燃える

悔いるこころに日が照り小鳥来て啼くか

ひつそり暮らせばみそさざい

ある日は人のこひしさも木の芽草の芽

草のそよげば何となく人を待つ

ひつそり咲いて散ります

空へ若竹のなやみなし

身のまはりは草だらけみんな咲いてる

ころり寝ころべば青空

何を求める風の中ゆく

あんたが来てくれさうなころの風鈴

てふてふもつれつつかげひなた

死んでしまへば雑草雨ふる

たたずめば風わたる空のとほくとほく

また一枚ぬぎすてる旅から旅

あるけばかつこういそげばかつこう

こころむなしくあらなみのよせてはかへし

あうたりわかれたりさみだるる

ここまでを来し水飲んで去る

ふたたびここに草もしげるまま

わたしひとりの音させてゐる

つくつくぼうし鳴いてつくつくぼうし

わたしと生れたことが秋ふかうなるわたし

歩くほかない草の実つけてもどるほかない

ふつと影がかすめていつた風

立ちどまると水音のする方へ道

悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる

何を待つ日に日に落葉ふかうなる

影もぼそぼそ夜ふけのわたしがたべてゐる

ひとりの火をつくる

やつぱり一人はさみしい枯草

何事もない枯木雪ふる

しみじみ生かされてゐることがほころび縫ふとき

いつも出てくる蕗のとう出てきてゐる

日ざかりの千人針の一針づつ

いさましくもかなしくも白い函

その一片はふるさとの土となる秋

ぢつと瞳が瞳に喰ひ入る瞳

ならんで竹の子竹になりつつ

風の中おのれを責めつつ歩く

われをしみじみ風が出て来て考へさせる

うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする

其中一人いつも一人の草萌ゆる

咳がやまない背中をたたく手がない

窓あけて窓いつぱいの春

飛んでいつぴき赤蛙

また一日がをはるとしてすこし夕焼けて



草にすわり飯ばかりの飯

ちよいと渡してもらふ早春のさざなみ

ひつそり蕗のとうここで休まう

どこでも死ねるからだで春風

このみちをたどるほかない草のふかくも

働らいても働らいてもすすきツ穂

焼いてしまへばこれだけの灰を風吹く

机上一りんおもむろにひらく

お山しんしんしづくする真実不虚

しみじみしづかな机の塵

炎天のレールまつすぐ

柳ちるもとの乞食になつて歩く

海見れば波音ききたくちよいと下車する

誰やら休んだらしい秋草をしいて私も

ひよいと四国へ晴れきつてゐる

石を枕に雲のゆくへを



見上げて高くうごくともないうごく枝

すなほに咲いて白い花なり
 
南無観世音おん手したたる水の一すぢ

朝焼けのうつくしさおわかれする
 
のぼりつめてすこしくだれど秋ふかき寺

お客といへば私一人の秋雨ふりしきる
 
なかなか死ねない彼岸花さく
 
ここや打留の水のあふれてゐる

  1番霊山寺

まどろめばふるさとの夢の葦の葉ずれ
  
ふたたびはわたらない橋のながいながい風
 
お山にのぼりくだり何かをとしたやうな
 
しぐれて人が海を見てゐる
 
わがいのちをはるもよろし
 
歩くほかない秋の雨ふりつのる
  
われいまここに海の青さのかぎりなし
 
泊まるところがないどかりと暮れた
 
ついてくる犬よおまへも宿なしか
 
ほろほろほろびゆくわたくしの秋
 
朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく

  44番大宝寺

秋風あるいてもあるいても
 
なむあみだぶつなむあみだぶつみあかしまたたく

ひなたぢつとして生きぬいてきたといつたやうな

おちついてしねさうな草枯るる
  (死ぬることは生まれることよりもむつかしいと、 老来しみじみ感じないではゐられない)
  松山 一草庵のお庭にある句碑

日向ぼこして生きぬいてきたといつたような顔で

牛が大きくよこたはり師走風ふく
 
このあかつき御手洗水のあふるるを掌に

遠ざかるうしろ姿の夕焼けて
 
ほほけすすきがまいにちの旅

こしかたゆくすえ雪あかりする

ほつかり覚めて雪

糸のもつれのほぐるるにほどに更けて春寒

ふりかへる枯野ぼうぼううごくものなく
 
鈴をふりふりお四国の土になるべく

おちついて死ねさうな草萌ゆる



今日いちにちのおだやかに落ちる日

なければないで、さくら咲きさくら散る

ふまれてたんぽぽひらいてたんぽぽ

むなしさに堪へて草ふむ草青し



ぽとりとおほらかにおちる花

生えよ伸びよ咲いてゆたかな風のすずしく

夕立やお地蔵さんわたしもずぶぬれ

とんぼとまつたふたりのあひだに
 
皆懺悔その爪を切るひややかな
 
いつ死ぬる木の実は播いておく
 
水がとんぼがわたしも流れゆく

夕焼うつくしく今日一日はつつましく

ふとふりかへる山から月がのぞいたところ

しんじつ一人として雨を観るひとり

焼かれる虫の香ひかんばしく