瑠璃の東園

 薬師如来は、東方瑠璃光世界におられるといいます。
 では、東方とはどこなのでしょう。気になりますよね。
 
 前掲の「瑠璃の浄土」でいろいろ調べたのですが、ここでは方角について考えたいと思います。
 
 ●十方浄土といわれるように、十方(東・東南・南・西南・西・西北・北・東北・上・下)に
  仏の浄土が考えられたが、東方の阿しゅく仏の妙喜世界、同じく東方の薬師仏の浄瑠璃世界、
  西方の阿弥陀仏の極楽世界、上方の兜率天の弥勒菩薩の浄土等が挙げられます。

     阿弥陀如来の西方「極楽浄土」
     薬師如来の東方「浄瑠璃世界」
     阿シュク如来の東方「妙喜世界」
      多宝如来は、東方「宝浄世界」
      文殊菩薩は、はるか遠く「浄土」
      観音菩薩は、南方海中に「補陀落山」
      弥勒菩薩の浄土は、上方「兜率天」[龍華浄土]
      釈迦如来は、私たちのここ「娑婆」

  何れにしても浄土は穢土に対するものである。穢土とは業と輪廻の拘束を受けて生死流転する迷い
  の世界をいうようですが、例として娑婆世界ですね。娑婆世界の穢土に対して極楽を「清浄な世界」と
  理解することが出来ます。

  『無量寿経』をはじめとする浄土三部経には「浄土」の語は意外に少く、また羅什の訳した『阿弥陀経』
  には「浄土」の訳語が一回も現れません。

  「無量寿経」漢訳の「第三十一国土清浄の願」の「たとい、われ仏となるをえんとき、国土、清浄にして、
  (その光明をもって)みなことごとく、十方一切の無量無数不可思議の諸仏世界を照見すること、なお
  明鏡にそのその面像を覩るがごとくせん。もし、しからずんば、正覚を取らじ。」とあります。

  この「極楽」の起源や発想は、いろいろな宗教から伝播したものか、人間ですからどの地に住む人々にも
  同じ発想があったのか。諸説紛々。方角や距離は、三界の外とは限りません。


 [方角について]
 
  もっとも自然に考えるなら、太陽が昇る方角と沈む方角ですよね。それは、物事の始まりと終わり
  を象徴しますよね。また、高さです。高いところと地(海)の底は人間界と別世界です。

  方角は、文化・文明で発展し八方と天・地の十方となります。大乗仏教の成立の過程で十方浄土の
  思想が形成される共に、十方の浄土にそれぞれ仏が住し、ここに東の妙喜世界と西方は阿弥陀仏の
  極楽世界が生まれたのです。どちらが、原型かは分かりません。

  後述しますが、倶舎論の矛盾から、大乗仏教の特質として「仏国土」の発想が分化していったので
  しょう。だから、おそらく方角や各「仏土」の分析や特定には、あまり価値観がないのでしょうね。

  「極楽浄土」も「ミロク信仰」として、日本社会で独自の発展を見せ、特質化された一浄土です。
  薬師如来の東方「浄瑠璃世界」は、おそらく阿シュク如来の東方「妙喜世界」、多宝如来の東方
  
「宝浄世界」同一、同種の発想ですね。

  でも、学者がデータから分析して解明する根源論は別にして、迷える私たちには、一つの拠り所
  が欲しいものです。

  
 阿弥陀如来の西方「極楽浄土」についてのご意見を転載しました。

 「無量寿経」
 「ア−ナンダよ、かの如来は過ぎ去ったのでもないし、未だ来られないのでもない。そうではなくて、
 〈無上の正しい覚り〉を現に覚ったこの如来・敬わるべき人は、これより西の方向に、百千億・百万番
 目の仏国土である〈幸あるところ〉という世界に現に住し、身を養い、日を送り、法を説いていられる。」

 「西方」は「東方」の阿しゅく仏の妙喜世界の「東方」に対応するものであるという方もおられます。

 「これより西の方向」
 「これ」は釈迦牟尼仏の住する娑婆世界のこと。〈幸あるところ〉とは極楽世界である。「無量寿経」の
 経作者の菩薩達は釈迦牟尼仏の住する一時・一仏・一世界の原則と、法蔵菩薩は穢土の娑婆世界
 で修行して成仏したのではないから、成仏しても娑婆世界に住することは出来ないという現実に立っ
 て、釈迦牟尼仏の教化圏である三千大千世界を遠く離れたところに浄土を建てたのです。

 ※『華厳経』においては阿弥陀如来の浄土は、多数ある浄土のうちで最も劣ったものであり、汚れた
  地上の世界(娑婆)に最も近いものであると見なされていた。つまり民衆にとって最も近づきやすい
  ものと考えられていた。「華厳経」の『寿命品』によると、「仏子よ、この娑婆世界の釈迦牟尼仏の国
  の一劫は安楽世界の阿弥陀仏の国の一日一夜に当る。…善燈世界の一劫は、善光明世界の廬舎
  那蔵仏の国の一日一夜に当る。」安楽世界は極楽世界のことで、劫は最長の時間の単位であるが、
  極楽世界が娑婆世界の一番近い世界として挙げられていた。


 [曼荼羅の方角]

 なぜ、曼荼羅に方角があるんでしょう。須弥山が、仏教の宇宙観を横から見たものならば、曼荼羅は
 上から全体を俯瞰したものとも言えるでしょう。

 上から見るなら、方角が必要ですね。また、金剛界曼荼羅はいくつかの山を頂上から見る形でしょうから
 高さもわかりません。胎蔵界曼荼羅は、上が東。金剛界は、下が東。そこで中台八葉院の四仏を見ますと、
 みんな同じ位置にいます。

 もちろん位置関係だけで、そのそれぞれの距離はわかりません。また、人間界が須弥山の麓の金輪に
 あっても、そこからの位置関係は想像を超えていますよね。

 ただ、阿弥陀如来は「西」、阿しゅく如来は「東」です。どちらが先の概念かはわかりませんが、きっと
 そういう位置関係なんですね。

 


 [ エデンの東]
 
  薬師如来の東方浄瑠璃世界と聞いたとき、すぐにキリスト教の旧約聖書「エデンの園」を
  連想しました。そうして、映画で有名になった「エデンの東」という言葉です。「東」には、
  なにがあるのでしょう。

  旧約聖書から
 『神は東方のエデンに一つの園を作られ、見て麗しく、食べるによいすべての木をそこに生えさせた。
 一つの川がエデンから発し、国を潤し、そこで分かれて四つの川の源流となっていた。神は土からすべ
 ての地の獣と天の鳥を造り、それを人のところにもってきて名を付けさせた。しかし鳥や獣は人の助け
 手とはならなかった。そこで神は、寝ている人の肋骨を一つ取り出し、それを一人の女に作り上げた。』

 しかし、アダムは神の教えを裏切って、禁断の果実(りんご)を食べてしまいます。それは、蛇とイブに
 そそのかされたんですよね。そうして「恥ずかしさ」という神の知恵を手に入れたんですよね。

 『神が言われるのに、「ご覧、人は我々の一人と同じように善も悪も知るようになった。今度は手を伸ば
 して生命の樹から取って食べて、永久に生きるようになるかもしれない」。神はアダムをエデンの園か
 ら追い出した。こうして人は自分が取られた土地を耕すようになったのである。神は人を追い払い、エ
 デンの園の東にケルビムと自転する剣の炎とを置き、生命の樹への道を見守らせることになった』

 どうも「エデン」は、天国(極楽)ではなく、神の住む国ですね。
 「エデンの東」は、不毛の地だったようです。

 「エデン」とはヘブライ語で、「喜び」を意味します。だが、この地でメソポタミア文明を築いたシュメ
 ール人の言葉では「肥沃な平原」「デルタ地帯」を意味するそうです。聖書にあるエデンの園は、
 緑に溢れ、木々が豊かな実を結んでいた楽園とされています。ですが、この地域は、降水量も少
 なく、とても緑が溢れ、木々が豊かに実を結んでいるとは考えにくい。

 神はアダムをエデンの園から追放し、アダム達が永遠にそこに近づけないように、ケルビムと自
 転する炎の剣を置いた。エデンの園は水没してしまい、近づかないのではなく、もはや近づくことが出
 来なくなってしまったのです。水没したエデンと、この地域を襲う度重なる洪水は、エデンの園追放の
 伝説と、ノアの洪水伝説となったのですね。


 [天国とは]

 欠陥のある人間を生き返らせるためにはなにが要るのだろうか?旧約聖書の詩編にはそれを
 よく著わしているものが多くあります。そこには人間の苦悩、人間の矛盾が渦巻いている。そしてその
 苦悩や矛盾から人間が救われるのはなにか?それは、「正しい幻想」を構築することなのである。

 そこで類い希なる頭脳か、あるいは神様に近いイエス・キリストは「正しい幻想」の王国を創造した。
 それは人間の心、欠点、長所のあらゆるものを含み、そしてそれを哀れみ、愛する心をもった類い希
 なる幻想です。人類はそこで救われ、それから後、2000年にわたってキリストのもとで人間は生活を
 行ってきたのですね。


 ※ネットで浄土宗のサイトがありました。「極楽」についての記述です。

 「見仏」という概念を調べました。唯一の歴史的存在てる釈迦仏は、すでに数世紀前に入滅してしまっ
 ており、この娑婆世界はいまだ無仏だという歴史的現実の場にあって、この「見仏」の要請に答える
 ためには、しかもその場合、広く一般大衆のための「だれでもの仏教」という立場からこれに答える
 ためには」「他方世界ではあるが、そこにある一人の個性をもった仏の現に存すること」を提示するより
 他はない。大乗仏教の立場から「仏説」を掲げて経典を述作した菩薩達は、歴史上の釈迦牟尼仏の
 入滅を超克する為に、時間と空間の拘束を宗教的奇蹟によって、仏身論の成長を背景に、釈迦牟尼仏
 に念仏・観仏によって見えるという離れ技を具体化し得たのである。このことによって始めて「仏説」で
 始まる「大乗の諸経典」も存立しえたのであり、従って、釈迦牟尼仏に見えることも、阿弥陀仏に見える
 ことも、同じ土俵の上のことと認識することが必要である。娑婆世界における釈迦牟尼仏は入滅後も
 大乗の菩薩達にとっては応身仏として現存しえたのであり、娑婆世界は無仏の世界ではなかったの
 である。

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