5. 民間信仰

 「おくろさん」・・観音院の地蔵堂の裏に、小さな稲荷社がある。福寿大明神。ここには狸が、祭られている。これは、新坂の狸「くろ」があまりに下を通る人々に砂を撒いていたずらをするので、この稲荷社に封じ込めたという。戦前には、世話人がいたが、いまでは村の組が当番で、小さな丸餅をつくり、ミカンととも供える。毎年、2月の二の午の日に行われる。

   ・その他、近辺の「砂撒きたぬき」の伝承は、「おわり坂の狸」、「こんぴら道の狸」がある。

 「みいさん」・・

   ・北薮池の龍。雨の降る日に魚釣りをしていると、ジャボジャボと音がして、見ると釣り棹の下を、太さが20cm以上もある長い白いものが泳いでいるのが見えた。

   ・今熊の深尾さんのみいさんの祠で、50年ほど前に麦千切りのころの夜に、家の老松のところで一抱えもあるヘビが、首をもたげて、目を光らせている。それで、弁天様(祈祷師)を呼んで、この祠に封じ込めてもらったという。今は、別の家の大木に移っているという。

   ・中林家の庭に「みいさん」を祭っている。

   ・どの家にも「みいさん」は居て、大木や古い家、蔵などに棲んでいる。特に信じているひとのことを、「みいさんごり」という。

   ・629日の竜王祭は、狭山池で行われ、村人も生卵をもって池にお供えをした。

   ・ため池を持っている人は、111日に、「池祭り」といって、御幣を樫木の棒にはさんで、池の側に立てた。

 狐の伝承・・

   ・キツネが人々を化かした場所。腹切り山、北薮、新池、赤坂、土橋、湯山、こまが谷、乙女池の西側、東側の8か所。池に火柱が立ったり、弁当が空になったり、道を迷わせたり。

   ・腹切り山のところでは、毎年「キツネ祭り」といって、キツネ憑きのおばあさんが、油揚げとぼた餅を、各方面に向かって、「山の狐さん、お帰りあれ。」と言って、投げた。

 「雨乞い」・・

   ・今熊では、新池の堤で、各戸わら一束を持ち寄って、火を焚き、「たんもりたんもり、じゅうごいの、くもにしるけは、ないかいな」と唱えて、じゅうせんという宮さんにいって、祈ってもらった。

   ・岩室では、上池の中で、大きなたき火をして、熊野権現社で心経を唱える。村の若者代表が数人で、寝ないで裸足で、高野山まで往復して、雨乞いのお札をもらってきた。

 

 講組・・・

  ・庚申講・・初庚申の日には、三日市の庚申さんまで、講員全員でおまいりする。60日に一回の庚申の日には、掛け軸をかけて、心経をあげて、当夜は講員の家をまわる。その日は、人参や大根、こんにゃくを食べる。40年ほど前まであったが、若いものが農業の話をしなくなったので、やめた。庚申さんは、農業の神さまだから。

  ・大師講・・高野講とも、念仏講ともいう。村の年寄りが集まって、御詠歌を練習する。年に一度は、代表が代参で高野山にあがる。正月には、寒行として、各家をまわる。今では、葬式の時に通夜ととぶらいあげの時に行く。

  ・行者講・・大峰講。男の子が成人したら、その家は「新役」といって、必ず大峰行に参加させる。(成人式の行事)これで、一人前になったと認められる。

  ・こんぴら講、伊勢講。名前は残っているが、最近まであった講田は、個人所有になった。

 地蔵さん・・・

  ・赤坂の地蔵さん・・昔は、少し下の池のふもとにあった。女の裾の神さま。昔、いたずらでこの地蔵さんに大便をしたものは、その夜に腹痛で死んだ。少し山にある地蔵は谷野の地蔵さんといって、下今熊の谷野家のものという。

  ・辻の地蔵さん・・一つのお堂に二体。山中家、門脇家のもの。昔から三角地に家を建てると地蔵さんを祭らねばならないという。その門脇家が祭った。この二体は夫婦だともいう。山中家では、一度家に持ち帰ったが、その夜に「さみしい、さみしい。」と枕元に地蔵が立ったので、辻に戻した。大正の終わりに、山中のおいとさんが赤飯を重箱に入れて、お盆に近所の子供たちに分けてあげたのが始まりで、地蔵盆を始めたという。

  ・寺の地蔵さん・・5体。(最近7体になっているが)歯痛の地蔵、子供を守ってくれる地蔵。子どもを授けてくれる地蔵。など。子どもたちは、七五三に自分の名前を書いた涎掛けをかける。組が当番で、いまでも地蔵盆がおこなわれる。

  ・小谷池の地蔵さん・・新しい道路建設のために、小谷池がなくなり、地蔵さんもお墓にある。ある人が、付近の藪を焼いたとき、この地蔵さんも黒こげになった。その人は、その後、寝込んで死んだ。

   ・お墓の地蔵さん・・墓地には、六地蔵。迎え地蔵がある。

  石塔など・・

   ・奉献塔・・村に三基あった。とんど場、天理さんの屋敷、寺の境内。40年ほど前に、奉賛会が発足し、寺の境内に集められた。

   ・常夜灯・・(やとさん)大神宮の常夜燈。二基。今では、一基が寺の階段下と分解したままで、中林(本家)にある。箱で社を作り、各戸を毎日回して、その箱に灯してある火で、「やとさん」に火をつける。やとさんは、その家の丑寅の隅に置くと、栄えるという。

  丑の時まいり・・

      岩室だけで、3か所。丑の時に、自分の呪い殺す人の人型を昆布で作ったり、紙に書いて、釘を打つ。21日間だれにも見られずに行う。最後の満願の日の帰り道に、大きな黒い牛が道を塞いでいる。その牛を乗り越えていかないと願いは叶わないという。

始めに 堺市岩室・晴美台地区の歴史 大阪狭山の岩室
 ■40年前の地図 ■岩室の民俗 ■岩室の通過儀礼 ■岩室の年中行事
 ■岩室の民間信仰 ■岩室山観音院 ■陶器城 ■陶荒田神社 
 ■三都神社 ■天野街道 ■高野街道 
■陶器山七不思議
 ■泉北周辺の地名由来